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第151回 『マラソン』

■ マラソンをする人、しない人

よく世の中や人の傾向などを表す常套句に「世の中には2種類の人がいる。○○をする人と○○をする人」といった表現がある。この表現方法を借りて、走ることについて表現したら「世の中には2種類の人がいる。走ると健康になる人と、走ると身体を壊す人」となるのかもしれない。
とにかく走るのが大好きな人の気持ちというのは、走らない人にとって理解し難いことである。脚が痛い、息が苦しい、ゴールしたところで何が待っているわけでもなく、ゲームとして楽しめるものでもない。あんな苦しいだけのものは、たとえ50mでも御免被りたい。しかし先日行われた東京マラソンでは、33,000人の枠に対して15万人以上の応募があったという。少なくとも、脚にかなりの自信がある者だけでこの人数である。走るのが好き、というレベルならこの10倍、150万人くらいはいるのでは、とも思えてしまう。走ると身体を壊す派からすれば、信じられないことである。今回は、そんなちょっと気になる、マラソンについて調べてみた。


■ マラソンの歴史

マラソンの始まりは、紀元前490年にギリシャで起きたマラトン戦争と言われている。アテネ攻略を目指して上陸してきたペルシア軍を、アテネの将軍ミルティアデスがマラトンの野において見事撃退した。そして、フェイディピデスという兵士がその一報を少しでも早くアテネに届けるため、マラトンからアテネまでの約40 kmを一気に駆け抜け、大声で勝利を報告した後、そのまま絶命したという。スパルタの援軍を求めるため、約250 kmを約44時間で駆け抜けたという話もあるが、このマラトンという地名が、そのまま現在のマラソンの語源となっている。
その後、近代スポーツ競技としてのマラソンは、1896年に行われた第1回アテネ五輪で登場することとなるが、その距離はマラトンからアテネまでの約36 kmだった。ちなみに、優勝者はアテネ近郊に住む25歳の青年(水売りの行商人)だったらしい。

マラソンの距離が現在の42.195kmになったのは、1908年の第4回ロンドン五輪で、1924年の第8回パリ五輪から正式な距離となった。そして、第4回ロンドン五輪での距離の取り決めには、面白い話が残っている。当初、マラソンのコースはウインザーからホワイトシティ・スタジアムまでの42kmに設定されていた。しかし、イギリスの女王アレクサンドラが、ウインザー城の窓から子供や孫がスタートの瞬間が見られるよう、スタート地点の延長を希望したため、26マイル385ヤード(約42.195 km)という非常に半端な距離になったという。

マラソン愛好家の方も、まさかあの距離が女王のワガママから生まれたとは思いも寄らなかったのではないだろうか。
(2008年3月10日掲載)

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