





第145回 『餃子』
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■ 餃子の街、宇都宮
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餃子とは、皆さんもご存知の通り、小麦粉で作った薄い皮で肉や野菜などを包み、半円形にして焼いたり、蒸したり、茹でて食べる中華料理である。日本では、宇都宮市が「餃子の街」として知られているが、これは宇都宮市の職員が市内での餃子消費量の多さに目を付け、これを町おこしに使おうとキャンペーンを行ったことが始まりらしい。しかし、なぜ餃子が愛されていたのだろうか。これには諸説あるが、戦時中、宇都宮に駐屯していた陸軍が中国で味わった餃子を伝え広めたという説が有名である。また、宇都宮は餃子に必要な小麦とニラの全国有数の生産地ということもあるのだろう。今回は、そんな餃子について調べてみた。
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■ 餃子の歴史
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餃子の歴史は驚くほど古い。中国の春秋時代(紀元前6世紀頃)にはすでに食べられていたという。北朝(439〜581年)の時代には現在のような半月形の餃子が普及し、隋(581〜618年)や唐(618〜907年)の時代には庶民の間でも水餃子が盛んに食べられるようになった。
ちなみに、中国では餃子を正月に食べる習慣がある。餃子という文字を分割すると「食」「交」「子」に分かれるが、その意味は、古い年と新しい年が交わる子(ね)の刻(0時)に食べる物、となる。つまり、正月を迎えた時に最初に食べるのが餃子なのである。現在でも、大晦日に家族が集まって沢山の餃子を作り、年が明けると茹でて先祖に供えた後、皆で食べながら新年を祝う姿が多く見られるという。中国では、餃子は日本でいうお餅や雑煮、おせち料理のような存在だったのである。
日本において、餃子が庶民の食べ物として広まったのは戦後のこと。宇都宮の餃子事情で紹介したように、戦時中に多くの日本兵が中国に渡り、そこで餃子の存在を知り、戦後日本に帰国した人々が餃子の店を出し始め、日本でも人気料理として知れ渡るようになった。
ちなみに、中国の餃子と日本の餃子は形や味が異なる。日本では、薄い皮に肉や野菜、ニンニクを入れ、主に焼餃子として食べる。一方の中国では、厚めの皮に、魚介類など多彩な食材を入れ、主に水餃子や蒸餃子として食べる。この違いは、実は日本の戦後事情と好みが大きく影響しているという。焼餃子が主流であったのは、戦後の食糧難の中、油で焼くことで少ない量でもより多くの満足感を得るためだったらしい。薄い皮にニンニクや肉を入れるのは、日本では米が主食であり、ご飯のお供としてパリッと焼けた皮が薄く味の濃い餃子が好まれたためと言われている。
(2007年12月10日掲載)
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