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第140回 『パスタ』

■ 思い込み!?

外国人が日本食として思い浮かべるものに「寿司」や「天ぷら」がある。これらは、まさに日本食の代表的存在であり、誰もが日本発祥の料理だと信じて疑わないだろう。しかし、天ぷらは16世紀頃にポルトガルの宣教師によって日本に伝えられたものである。その語源については、諸説あるが、ポルトガル語の「temperar(油を使って硬くする)」から転じたといわれている。皆さんご存知だっただろうか?
また、こうした「思い込み」は他にもある。例えばパスタ。多くの人がこの料理の発祥地をイタリアと答えるに違いない。しかし、実際はちょっと違うようである。今回は、そんなパスタについて調べてみた。


■ パスタの歴史

パスタのルーツとなるものが誕生したのは、紀元前100年頃といわれており、「小麦粉を挽いて茹でる」という食べ方が行われた記録が残っている。現在のパスタになるまで、その歴史や過程は諸説あるが、我々にお馴染みの乾燥したパスタはアラビア半島周辺で誕生したといわれている。これは、商人達が砂漠を移動する際、食料である小麦粉が虫に食べられないように工夫したことから始まる。小麦粉を水で練り、乾燥させることで長期の保存も可能にした。ちなみに、この乾燥作業をより円滑に行うために考え出されたのが「マカロニ」である。あの空洞は、通気性を良くし、パスタを乾き易くするためのものだった。また、穴が開いていることでスープにも絡みやすくなり、一気に定番料理となった。

パスタがイタリアに伝えられたのは12世紀頃のこと。当時アラブ諸国の支配下にあったシチリア島に乾燥パスタが伝えられた。そして、庶民の間に本格的に広まったのは、16世紀半ばのナポリでのこと。ナポリは、乾燥パスタに適した小麦が豊富で、パスタの乾燥に適した気候条件が揃っており、飢饉に備えるための保存食として乾燥パスタが普及することとなる。また、イタリアの代表的な料理となるきっかけは、17世紀以降に南米から持ち込まれた「トマト」。トマトソースとパスタの絶妙な味わいは皆さんもご承知の通り。
ちなみに、当時の人々は手づかみでパスタを食べていたという。長いパスタを高々と持ち上げて、下に口を差し出して食べていた。そして、この食べ難さが、現在多くの国々で使われている、あるモノを生み出すこととなる。16世紀頃にナポリを支配していたフェルディナンドU世の希望によって、パスタを食べるために考案されたフォークである。最初は、肉刺し用に使われていた3本歯の長く尖ったフォークだったが、後に改良され、現在もお馴染みである4本歯(先の短くて丸い)のフォークとなった。
(2007年10月9日掲載)

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