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モノがたり



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第134回 『モノレール』

■ 世界一

モノレールはとてもワクワクする乗り物である。空港に向かう道のりや遊園地などで乗ることが多く、はずんだ気持ちで乗ることが多いからなのだろう。そしてモノレールも、それに応えるかのように、高架から広々とした風景をいつも見せてくれる。そんなところも鉄道とは違ったワクワク感を覚える理由なのかもしれない。
日本は世界有数のモノレール大国であり、世界一の営業路線の長さを持つモノレールも日本に存在する。それは、大阪空港〜門真市間(全長21.2km)を走る大阪モノレールで、1997年にイギリス・ギネス出版社からモノレール営業距離世界最長の認定を受けた。そして今もその記録は破られていない。モノレールは、鉄道ほど建設のための土地が必要なく、道路との併設も可能なため、限られた土地の中で多くの人々が生活する日本において、もっと活用されるべき乗り物といえる。今回は、そんなモノレールについて調べてみた。


■ モノレールの歴史

モノレールといえば「都市型の乗り物」という印象が強い。そのせいか、鉄道に比べ歴史も新しいのでは、とも思われがちである。しかし、意外なことに、その歴史は鉄道よりも古く、1821年のイギリスにおいて、ヘンリー・パルマという人物によって考案されたモノレールが始まりといわれている。蒸気機関車による旅客鉄道の運転が始まったのは1825年。モノレールは鉄道より4年も前に考案されていたのである。
ヘンリー・パルマによって考案されたモノレールは、線路からぶら下がる、懸垂式といわれるタイプだった。当時の記録を見ると、動力はなんと「風」。車両部分が釣り下がった線路の上に、いくつも風を受ける帆が立てられていた。当時は貨物輸送が主な用途であり、その後、動力が「馬」「蒸気機関」と移り変わっていった。そして、1888年には、フランスのシャルル・ラルティーニュによって考案された蒸気機関の跨座式(線路の上にまたがるタイプ)モノレールがアイルランドにおいて旅客輸送も行うようになり、本格的な旅客輸送の時代を迎えることとなる。

日本で初めてモノレールが作られたのは、なんと遊園地。1951年に、東京の豊島園で188mを走行するアトラクション用の乗り物として作られたのが最初である。そして、浜松町と羽田空港を結ぶ東京モノレールが開通したのがそれからわずか4年後の1954年のこと。そう、日本のモノレールは50年以上の歴史がある。しかし、その後モノレールは鉄道ほど多く建設されることはなかった。その理由は、ごく単純で、高架を作る必要があるモノレールより地面に線路を引く鉄道の方が安価に建設できるため。しかし昨今の都市部においては、この構造が逆転し、都市交通の混雑解消の決め手としてモノレールが再び脚光を浴びるようになってきた。
ちなみに、モノレールの語源は「モノ・レール(mono・rail)」。モノとは「単一」という意味。つまり、1本のレールだからモノレールなのである。
(2007年7月23日掲載)

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