ヘッダをスキップ   IT(情報・通信)総合サイト Japan Site

ナビパラ.コム日立トップページへ


ここからグローバル・ナビゲーション |  ホーム  |  ソリューション  |  イベント・セミナー  |  IT情報  |  経営情報  |  ナビパラ通信  |   コラム  |グローバル・ナビゲーションここまで

    会員登録登録内容確認/変更退会    サイトマップ    お問い合わせ
検索 by Google

 > 詳細な検索


コラム

ここからブレッド・クラム ホーム > コラム > モノがたり > バックナンバーブレッド・クラムここまで

ページタイトル

モノがたり



ここから本文
 
第132回 『ハイヒール』

■ なぜハイヒールを履くのか

女性の美への努力は、いつの時代も大変なものだ。毎日お化粧して、ヘアースタイルを整え、ファッションに気を遣い、ダイエットを心掛ける。中でも男性が絶対にマネできないのがハイヒールだろう。ハイヒール(High heels)=高い踵。この見るからに歩きにくい履物を、毎日のように履き続けている女性も少なくない。転倒の恐怖に打ち勝ち、運動性能を犠牲にし、脚や腰あるいは首への負担もものともしない。一説には通常、20対80で足指と踵に体重が掛かっているが、ハイヒールを履いた場合は逆転し、体重のほとんどが、脚の、それも親指と小指に掛かるという。ともかく大変な負担である。それでも女性はハイヒールを履き続ける。もちろん美のため(他の理由もあると思われるが)。今回は、そんなハイヒールについて調べてみた。


■ ハイヒールの歴史

ハイヒールがこの世に初めて登場したのは、紀元前400年頃のアテネと言われている。目的は背を高く見せるため。今から2400年以上前の時代でも、やはり背の高さは人間の美しさの一つの基準であったのだろう。
その後、ハイヒールは1570年頃に再び世に現れる。場所はイタリアのヴェネチアで、チョピンというイスラム風ハイヒールが流行する。そして、これも身長を高く見せて自分の姿を美しく見せるためのものだった。ただ、そのハイヒール具合は大変なもので、一説にはこのチョピン、なんと50〜60センチの高さがあったとも言われ、散歩などに出かける時には、お供に手を借りなければならなかったという。

このヴェネチアで流行ったチョピンを継承したのか、あるいは独自の発明によるものなのかは定かではないが、約30年後、1600年頃のフランスでもハイヒールが大流行する。さすが花の都フランス、ファッションに敏感、と思いきや、このハイヒール流行の原因は大変切実な事情からだった。
当時のフランスにはトイレがなく、排泄物や汚物はそのまま窓から通りへと捨てられていた。全ての家庭でそのようなことを毎日繰り返していたとなれば、人が歩く通りは、さぞかし凄まじい様相だったに違いない。実はハイヒールはこの対策として広まったのである。地面との接地面積が小さいハイヒール。つまり、汚物の散乱する通りを、つま先だって、なるべく踏まないようにして歩くための道具だった。同じようにマントは窓から捨てられる排泄物などから我が身を守るため。香水も、自分についた糞尿の匂いを消すために使われるようになったという。
当時は、ハイヒールは汚物避けの道具であったため、男性もハイヒールを履いていた。しかし、ナポレオン戦争が始まると、男性は動き易さを優先した靴を履く必要が生じ、その結果、ハイヒールは女性専用の履物となり、おしゃれ化の道を辿ることとなった。
(2007年6月25日掲載)

本文ここまで


ここからローカル・ナビゲーション
開発者に聞く

ITウオッチング

モノがたり
ここから1つ下の階層
バックナンバー
ローカル・ナビゲーションここまで



イベント・セミナー

助成金・補助金

税金Q&A




ページトップへ

 
ここからフッタ  | サイトの利用条件 | 個人情報保護に関して | 商品名称について | 推奨環境 | 当サイトへのリンクについて |フッタここまで

© Hitachi, Ltd. 2001, 2008. All rights reserved.