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第130回 『点字』

■ 戦争から生まれたもの

戦争はあってはならないものだが、戦争によって生み出され、今や生活に欠かせない必需品となっているものが我々の身の回りには意外と多く存在する。例えば、マシンガンの技術が生かされた「ホッチキス」や、兵隊用の携帯食として考案された「缶詰」や「レトルトパック」、レーダー技術から偶然生まれた「電子レンジ」、兵士が持つ「背のう」から進化した「ランドセル」等々。そして、眼の不自由な方になくてはならない「点字」も、実は戦争から生まれている。今回は、そんな点字について調べてみた。


■ 点字の歴史

点字は元々、戦争時の暗号文字として生まれた。考案したのは、ナポレオン時代の砲兵大尉 シャルル・バルビエという人物、19世紀初期のことである。彼は、万が一敵に奪われても読まれず、灯りのない暗い場所でも、触って読むことができる文字として、今の点字の元となるものを考案した。ちなみに、考案当初は薄い板紙にいくつもの点を浮き彫りにしたものだったという。その後、バルビエはこの暗号文字を軍事目的だけでなく、目の見えない人達の文字として使えるのではと考え、パリの盲学校に提案する。しかし、彼が提案したものは、使用する点の数が12点と非常に複雑で、実際に試してみても、とても使いづらいものだった。
これを改良し、現在の点字を作り上げたのが、バルビエの訪れた盲学校の生徒だったルイ・ブライユという人物。彼は、盲学校卒業後に同じ盲学校の教師になったが、その後も点字の研究を続け、アルファベットや数字を簡単に理解できる6つの点(縦3×横2)による点字の発明に成功した。そう、これが現在も使われているブライユ点字である。しかし残念なことに、このブライユ点字がフランス政府から正式に認められ世界中に広がるのは、彼の死後2年以上経った1852年のことだった。

日本に点字が伝わったのは、フランスで点字が認められてから28年後の1880年(明治13年)のこと。また、当時はブライユ点字をローマ字のまま使用していた(つまり「た」なら「TA」と表す)。しかしこれだと、平仮名を1つ表すのに、母音以外は2文字のローマ字が必要であり、とても煩雑だった。そのため、この点字を日本独自、つまり「た」なら1文字で「た」と表現できる形に変えようとする研究が行われ、最終的に教員だった石川倉次という人物が考案した点字が正式に日本の点字として採用されることとなった。1890年のことである。

ちなみに、英語やフランス語では点字のことを「braille(ブライユもしくはブレイル)」と言う。もちろん、あの盲学校の生徒で、その一生を盲学校の生徒と点字のために使ったルイ・ブライユの名前からきている。
ちなみに、缶ビール等の缶入りアルコール飲料には、飲み口の隣に「おさけ」という点字がある。今度、じっくり眺めてみて欲しい。
(2007年5月28日掲載)

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