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第127回 『ビール』

■ 消費量日本一のお酒

ビールとは、麦芽(主に大麦を発芽させたもの)とホップ、水を主原料として低温で発酵させ、発生した炭酸ガスを混和したものである。あの炭酸の効いた喉越し、そしてほろ酔い加減、特にスポーツで体を動かした後や風呂上りの1杯は、格別に美味しい。また、国税庁の発表資料(平成17年度 酒類販売(消費)数量等の状況表)によれば、ビールの消費量は、年間約34億リットルで、酒類の中で第1位となっている。つまり、ビールは日本人に最も愛されているお酒、ということなのだろう。最近では、発泡酒や「第3のビール」といわれる、ビールの香りや味わいに近く値段も手ごろなお酒も出てきており、一消費者の私にとっては、選ぶ銘柄の種類が増えるので嬉しい限りである。今回は、そんなビールについて調べてみた。


■ ビールの歴史

諸説あるが、初めてビールが世に登場したのは紀元前4000年頃と言われている。発祥の地は、ユーフラテス河の沿岸地帯。そこで興った人類最古の都市文明と言われているシュメール文明において、ビールはすでに多くの人達に飲まれていたという。発掘された粘土板に残された楔(くさび)形文字に、当時のビールの造り方が残されている。その製法は、麦でパンを作り、これを水につけて発酵させるというもので、現在の製法の元ともなるようなもの。
また、紀元前1700年代にバビロニアで制定された「ハムラビ法典」には、ビールの品質保持やビアホールの営業に関わる決まり事などが書かれており、ビールが当時の日常生活の中にも広く存在していたことが分かる。
その後、月日が流れ11世紀には、ビール独特の味(苦味)を作る「ホップ」の使用によって現在のビールの味にほとんど近いものが作られるようになり、大航海時代(15世紀から17世紀まで)には腐りやすい水の変わりの飲料として船に積まれ、ビールが世界中に広まるきっかけとなったという。

日本に初めてビールが伝えられたのは江戸時代のこと。ビールは、当時唯一交流のあったオランダ人によって日本に持ち込まれ、蘭学者の間で飲まれていたという。ただ、「美味しかった」という当時の記述はなく、オランダ人との付き合いで仕方なく飲んでいた、という話も伝えられている。
日本で初めてビールが造られたのは、明治時代に入ってから。アメリカ人の醸造技師、ウィリアム・コープランドという人物によって、横浜の地に「スプリング・ヴァレー・ブリュワリー」という醸造所が建てられ、明治3年に国内初のビールが造られる。このビールは、主に日本に住んでいる外国人を販売対象として造られたという。その後、明治政府も日本人による独自のビール造りを目指し、日本の数ヶ所に官営の醸造所を計画する。そのうち北海道のサッポロ醸造所だけが「札幌冷製麦酒」という商品の販売を実現する。ちなみに、サッポロ醸造所はサッポロビール株式会社の前身である。
一方、コープランドによって造られたビールは、その後醸造所が経営不振となり「ジャパン・ブリュワリー」という会社に引き継がれ、明治21年には皆さんもご存知の「キリンビール」として販売されることとなる。また、大阪でも明治22年にビール醸造会社「大阪麦酒株式会社」が誕生する。発売されたビールのブランド名は「アサヒビール」。そう、今なお続く3大ビール会社(昭和5年からサントリー株式会社も参戦)の熱いビール販売合戦は、今から110年以上も前から繰り広げられているのである。
(2007年4月9日掲載)

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