





第126回 『握手』
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■ そもそも握手って?
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握手は、初めて出会った人同士でも、幾度も会っている親しい人同士でも行われる慣習である。日本でも一般的な挨拶として知られており、海外でのビジネスシーンやカメラの前で長々と握手をする政治家の様子は、テレビなどでもよく見かける。しかし、最近いつ握手をしたかな?なんて思い返してみると、お辞儀をすることは多いが、握手で挨拶した記憶があまりないことに気付く人も少なくないだろう。つまり、日本人には握手が日常の挨拶として今ひとつ定着していないことがわかる。
日本人の社会生活には、多くの場合、人との付き合いに上下の関係が存在する。上下とは「モノを頼む方」「頼まれる方」といった関係である。そのため、握手をするというのは「まるで友達のようではないか」「馴れ馴れしくて失礼では」と感じてしまうのが、大方の日本人の正直なところではないだろうか。今回は、日本人にはちょっとだけ使いにくい、そんな握手について調べてみた。
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■ 握手の起源
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人が手と手を握り挨拶をする。この握手の起源には、いくつかの説が存在する。
ひとつは、「アメリカのカウボーイが発祥である」という説で、これは非常に分かりやすい。右手ですぐに抜ける位置に拳銃をぶら下げたもの同士が、相手に利き腕を差し出し、敵意のないことをお互いに意思表示する。握手による安全と敵意の無さの証明という、この出会いの挨拶が、ごく自然に拡がっていったというものだ。目上、目下などという関係が存在しない場面での合理的な挨拶だといえる。
これに比べ、ヨーロッパを発祥とする説では少々ニュアンスが異なる。握手は、平等の証明であり、人と人は手を握り合った瞬間に平等になる、というもの。しかし握手は、貴族社会が長く続いていたヨーロッパにおいて、つい最近19世紀になるまで見られなかった。平等の証明は、身分社会の中にあって相手に対して少々失礼な行為とされていたからだ。そして、こうした階級が崩れてくるとともに握手が一般化されてきた、という側面もあったという。つまり、握手は社会の変化によって生まれた慣習でもあったのだ。こちらの方が日本人の感覚に近いかもしれない。
握手に平等を感じるがために、今でも何となく握手がしづらい日本人と、平等の証明として握手が拡がったヨーロッパ。どちらも同じ感情によるものなのだろう。
また、面白い話がある。アダム・ケンドンというアメリカの心理学者が、大勢の男女が集まるパーティーを観察したところ、握手をするのは男性だけで女性は会釈などがほとんどだったという。男女の挨拶でも、ほとんどが会釈か挨拶のキスで握手はしない。これなどアメリカ型握手思想が実によく現れているシーンかもしれない。安全の証明が必要ない相手には握手をしない。となると、握手をするのは、今でも安全の証明が必要な相手ということなのだろうか。
(2007年3月26日掲載)
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