





第124回 『焼き鳥』
|

■ 焼き鳥とは
|
焼き鳥はなぜ「焼き鳥」なのか、なかなか難しい問題である。鶏肉を焼いて塩もしくはタレで味付けされていればいいのか、といえば多くの人々が、それは違う!と思うだろう。やはり、焼き鳥とは串あってのもの。一口サイズの鶏肉を串に刺して焼いてこそ焼き鳥といえる。
お店で焼き鳥の盛り合わせを注文した際、みんなで食べられるように鶏肉を串から外す人がいるが、個人的にはそれはどうかやめていただきたいと思う。せっかくその日のおつまみの中心的存在として光り輝いていた焼き鳥が、串から外された瞬間に、ただの焼いた鶏肉の小片になってしまい、こんな小片数個に百数十円も出していたのか、と悲しい気持ちになる。今回は、そんな庶民の味方、焼き鳥について調べてみた。
|

■ 焼き鳥の歴史
|
世の中に焼き鳥という料理が初めて紹介されたのは1643年のこと。この年に発表された料理書「料理物語(作者不明)」に、串焼に向く鳥は「雁(がん)・鴨(かも)・雉(きじ)・鷺(さぎ)・鶉(うずら)・雲雀(ひばり)・水鶏(くいな)」、焼き鳥に向く鳥は「山鳥(やまどり)・鸞(ばん)」などと紹介され、串で鳥を焼く料理が世の中に初めて登場する。1643年といえば、江戸時代の初期。当時は、肉食は不浄だという考えもあり、雑穀や野菜、魚が主食であったとも伝えられているが、こうした料理書が出ていたことを考えると、案外自由な食生活を送っていたのかもしれない。
また、もうひとつのルーツとなっている、焼き鳥の料理方法を紹介した本もある。料理物語から約40年後の1689年に出版された「合類日用料理抄」である。ここで紹介されている焼き鳥の調理方法は、「鳥を串に刺して、塩を少しふりかけ、よく焼いた後、醤油とお酒のタレをつけてもう一度焼き、最後にまたタレにつけてから出す」で、現在の焼き鳥屋での料理方法と基本的に同じ。つまり、当時から焼き鳥の料理方法はほぼ完成していたことになる。
しかし、この完成された料理方法が紹介されていたにも関わらず、その後、焼き鳥が庶民の間に定着するまでには、だいぶ時間がかかったようだ。そのひとつの理由として、串を付けたまま料理を出すことへの料理人の抵抗感があった。料理人にとって、串で鳥を焼くのは認めるとしても、その調理道具(串)をつけたままお客に出す、などということは許されることではなかったのだ。さらに鶏肉が高価だったことも大きい。江戸時代後期から昭和30年代くらいまで、捕まえるのが大変な野鳥を食材として使っていたため、鶏肉は手に入りにくく高級な食材であった。これが現在のようにお手軽なものになったのは、昭和40年代からのブロイラーの普及による。つまり、庶民の味方である焼き鳥の歴史は40数年しかない。ご近所にある古い焼き鳥屋などは、案外焼き鳥草創期からの由緒あるお店なのかもしれない。
(2007年2月26日掲載)
|

|










|