





第123回 『胃カメラ』
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■ 苦しくて嫌なもの!?
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40歳から50歳くらいになると、若い頃には気にもしなかったことが会話の話題になったりする。健康や病気の話題など、その最たるものだろう。「ゴマは効くよ、翌日が全然違う!」「ウコンはどう?」「あれはね、飲むタイミングも大事みたいだよ!」なんてたわいない話から始まって、「運動しないとさぁ、糖尿が怖いよな!」「尿酸値はどうなの?」といった会話になる。すると、大人を怖がらすこんな言葉も出てくる。「この前、胃カメラ飲んだよ」「えー、どうだった?つらかったでしょう」。
皆、大なり小なり自覚症状があり、もしかしたら自分も、といった気持ちがあるせいか、胃カメラの話には他の健康や病気の話よりも一層熱が入る。しかし、熱心に語られる割に胃カメラについて、あまり多くのことが知られていない。例えば、胃の病気の早期発見や早期治療に決定的な役割を果たしている胃カメラの発明には、日本人が大きな役割を果たしていたことなど、意外と知られていない。今回は、そんな胃カメラについて調べてみた。
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■ 胃カメラの歴史
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現在の胃カメラにつながる機器が初めて作られたのは19世紀のこと。発明したのはドイツの内科医、アドルフ・クスマウルという人物。彼は、様々な病気を発見するため、すでに食道や直腸を観察するために管の先端に鏡をつけた機器を使っていたが、その方法で胃も観察できないかと考えた。ただ、細いとはいうものの、まっすぐな堅い管が果たして口から胃にまで届くのか。そして、彼はあるものを目撃し「できる」との確信を得る。実験が行われたのは1868年のこと。実験対象はなんと大道芸人。この芸人、道端でまっすぐな剣を飲み込むことを芸としていた。剣より飲み込みやすいであろう管だったら、という彼の思惑は当たり、管はスルスルと大道芸人の身体に収まり、実験はある程度成功した。
しかし、せっかく考案された胃鏡は結局のところ実用化されなかった。最大の問題は明かり。食道などでは、外の光を利用して鏡で内部の様子を観察することができたが、さらに奥の胃となると、どうしても照明が必要だった。また、そんな食道を通るような極小の照明は世の中のどこにも存在しなかった。
こうして一時は停滞の時期を迎えた胃カメラの世界に、再び画期的な進展をもたらす人物が現れる。東京大学附属病院の外科医、宇治達郎氏である。1949年、彼は胃の中にカメラを挿入して撮影するという画期的な構想を思いつく。協力を依頼した相手は、当時カメラにおいて最高の技術を持っていたオリンパスの研究員、杉浦睦夫氏。杉浦氏は大変な試行錯誤の末、宇治氏の要望にあった極小カメラの開発に成功する。しかし、ここでも問題が発生する。そう、80年以上前にクスマウルが考案した胃鏡の時と同じ「明かり」の問題だった。
しかし、杉浦氏は自動車のライトを作るメーカーと協力して、わずか5ミリのフラッシュを製作し、世界初の胃カメラを完成させたのである。これは、直径1.2cm(食道の直径1.4cm)のやわらかい管の先端にランプ付のレンズがついたカメラで、シャッターを切るごとに外からワイヤーで引っぱってフィルムを巻き上げるものだった。
その後、1960年代になると、グラスファイバーを利用したファイバースコープが開発され、その場でディスプレイに映し出された画像で直接医師が確認できるようになり、さらに後年には管から患部の切り取りが可能になるまでに発展していく。それでも、管を喉に通す苦しさは・・・。
近年、そんな悩みを解消する画期的な機器が完成している。胃カメラがさらに発展した(もはや胃カメラではなく、内視鏡と呼ぶのが正しい)カプセル状のもの。カプセル内視鏡と呼ばれるこの機器により、ただ薬のように飲み込むだけで、これまで観察が不可能とされていた小腸部分までも映像で確認できるようになった。
まるで、「ミクロの決死圏(1966年制作のアメリカ映画)」の世界。クスマウルと協力した大道芸人に一目見せてあげたいものである。
(2007年2月13日掲載)
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