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モノがたり



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第119回 『椅子』

■ 椅子は座るものにあらず!?

毎日当然のように使っている椅子だが、考えてみれば非常に不思議な存在である。椅子は、人が暮らしの中で自然に木の古株などに腰掛け、それがいつでも使えるように道具化したものだ。つまり、コップや箸などと同じように、人間の動作や身体の構造の延長線上にある、ごく自然発生的に生まれた道具のはずである。しかし、人間はどうも椅子には、コップや箸などとは全く違った特別な感情を持っている。
というのも、物心ついた大人達は、誰に教わったわけでもなく、椅子は単に座るものでなく「ポストの象徴」という見方を共通認識として持っている。「首相の椅子」という言葉が、ポストを示すものとして使われているのもその一例といえるだろう。身近なところでも、課長職の椅子となると一般社員とは違って肘掛が付いている、なんて涙ぐましい差別化も、椅子に権威を託している思いの表れなのかもしれない。今回はそんな椅子について調べてみた。


■ 椅子の始まり

椅子の起源をはっきりさせるのはなかなか難しいが、人間が道具として椅子を最初に作ったのは、古代エジプト時代(紀元前3000年)といわれている。素材は木製で、今から5000年以上前にもかかわらず、座面やよりかかる背面がきちんとあり、現在の椅子と機能的に大差ないものだったという。ただし装飾は豪華であった。そう、椅子は、金箔・彫刻など当時の技術が全てつぎ込まれ、座る道具以上に、見る人に権力や権威を圧倒的に知らしめるものだったのだ。その後、ギリシャ・ローマ時代では、木製以外に青銅や鉄、大理石などでも作られるが、その目的はあくまで権威の象徴だったらしい。まして当時は、今のように木を伐採するための道具が揃っているわけでもなく、原料を集めるだけでも大変な手間がかかった時代。豪華に装飾されている椅子は、もちろん庶民の手に届くものではなかった。椅子が、「権威の象徴」から「座る道具」として庶民に広まるのは、なんと椅子が最初に作られた紀元前3000年から約4700年後の18世紀からとなる。18世紀といえば、日本では江戸時代中期。単純とも思える椅子だが、一般に広く使われるようになったのは、実はつい最近、わずか300年程前のことだったのだ。椅子のもつ権威の象徴という概念を破るのには、想像以上の何かが必要だったのだろう。
一方、日本における椅子の歴史も古く、弥生時代前期には丸太をくりぬいた椅子が存在したといわれている。ただ、日本では古代より床に座る生活様式であったため、あくまで屋外において一時しのぎとして使われていた。戦場での床机(しょうぎ)などがそうである。しかし結局、床に座る代わり以上のものではなく、日本独自の椅子の歴史は広まることはなかった。日本における椅子の始まりは、明治時代の文明開化と共に西洋の文化として取り入れられたのが最初ということになる。
明治以降、主に住宅事情の変化に伴い、椅子が私たちの生活の中に浸透してきたのはご存知の通り。そのためか、日本には椅子が権威の象徴だった歴史もなく、豪華に装飾された椅子を目にすることも少ない。なのに、誰に教えられたわけでもなく、人間は5000年前と同様、椅子に権威の象徴という意味を見つけ出す。人間というのは、5000年ぐらいの期間では変わらないものなのかもしれない。
(2006年12月11日掲載)

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