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第114回 『プラモデル』

■ プラモデルはいま

最近、プラモデルを作る子どもはいるのだろうか。30才くらいから下の方の中には、実際にプラモデルを手に取ったことさえない人もいるのかもしれない。いまだに大人気のガンプラ(ガンダムのプラモデル)にしても、その辺の事情は同様だろう。
しかし、昭和に少年時代の真っ只中を過ごした方にとって、プラモデルほど心を踊らされる存在はなかったと思う。戦車、飛行機、船、潜水艦、F1、車、お城、キャラクター。何ヶ月もお小遣いを貯め、選びに選んで購入したプラモデルを、あまりの喜びに1日で作ってしまい、あとで大後悔!なんて思い出を、たいていのオジサンは持っていることだろう。今回は、そんな思い出の品、プラモデルについて調べてみた。


■ プラモデルの始まり

プラモデルの歴史は1936年、イギリスで始まったといわれている。発売したのはフロッグというライトプレーンメーカー。イギリスの戦闘機や爆撃機などを1/72スケールで作ったものだった。シリーズ名はペンギン。飛行機だけど飛べない飛行機、これを飛べない鳥「ペンギン」に見立てたネーミングだった。
1936年といえば、日本では昭和11年。もちろん日本にはプラモデルは存在していなかったが、「本物を模したものを自分でも作りたい」という気持ちは本能的なものなのだろう。しっかりプラモデルのかわりとなる模型が存在していた。素材は木製(セルロイド製もあったが)。強度があり、加工もしやすく、しかも当時手に入りやすかった木材は、模型の素材として最高のものだった。
現在、タミヤ、ハセガワ、イマイなど有名なプラモデルメーカーが全て静岡に集中しているのは、実は模型の素材がもともと木製だったため。良質な木材を産出する日本アルプスから河川を使って木材が運べるため、もともと木材加工が盛んだった静岡で自然発生的に模型産業が興ったというわけだ。
戦闘機、原子力潜水艦、乗用車などから始まった日本のプラモデルの流行は、1960年代(昭和35年〜)よりキャラクターモデルの時代を迎える。鉄人28号、ゴジラ、サンダーバード、マッハGOGOGOなど、アニメに熱中し、その感動でプラモデルを作る少年たちが町中にいた。そして1979年(昭和54年)、「機動戦士ガンダム」が登場する。実はこのガンダム、はじめて放映されたときにはまったく人気が出ず、早々と打ち切られた作品だったとか。しかしコアなファンの気持ちをつかみ、次第にファン層を広げ、再放送時に爆発的な人気となり、その後のシリーズ化が決まったらしい。その人気を背景に1980年(昭和55年)、ガンプラが発売される。出荷されると、即売り切れ。プラモデルの発売日には子どもたちの行列ができる、そんな今では考えられないプラモデル黄金期が、つい20数年前まであったのである。
(2006年10月10日掲載)

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