





第112回 『国語辞典』
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■ 途方もない作業
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辞典、それも日本語がすべて収められた国語辞典は、いったい誰が、どんな思いで、何のために作ったものなのだろう。今喋っている、あるいは書かれている言葉をすべて収録し、その意味を解説している辞典。今でこそ当たり前のような存在であるが、もし何もないところからこれを作る、という作業を想像しただけでも、その途方もなさに唖然としてしまう。膨大な量の本に書かれている文字を記録する、あるいは人が喋る言葉を記録し整理する。きっと何年もこうした作業を行なうのだろう。しかしこれだけでは、ただの言葉のリストに過ぎず、その後に、一つ一つの言葉への意味付け作業が必要となる。余計なお世話だが、初めて辞典を作った人は、こんな作業を行なっていて、いったいどうやって食べていけたのかと心配にもなってしまう。今回はそんな国語辞典について調べてみた。
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■ 辞典の誕生
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日本語をきちんと体系化しておきたい。この思いは、どの時代の人も志すものなのかもしれない。
日本人が手がけた最初の辞典は682年(天武11年)に完成した「新字」という記録があるが、残念なことに実物は残っていない。実物が存在する(一部ではあるが)辞典という意味では、あの空海が編纂したといわれる「篆隷万象名義(てんれいばんしょうみょうぎ)」が最初の辞典で、835年以前に作られている。ただこの辞典は漢籍を読むためのもので、厳密には漢和辞典のようなものであった。
いかにも辞典らしい字引形式(最初はもちろん「いろは」順)の事典としては、1180年頃に橘忠兼(たちばなのただかね)という人物によって作られた「色葉字類抄(いろはじるいしょう)」がある。この本は当時人々が使っていた言葉をひたすら集め、それぞれに漢字を当てはめ、用法を示したものであった。
現在私たちが目にする、いわゆる国語辞典といわれる最初のものは、1891年(明治24年)に刊行された「言海(げんかい)」というもの。大槻文彦という人物がほぼ独力で完成させた執念のシロモノである。本文約1000ページ、3万9000語の、今でいうところの小型国語辞典のようなものだった。実はそれより少し前に、「語彙」(ごい)という辞典が作られていたのだが、あまりの作業の大変さのためか、「あ」行までで断念したという記録も残っている。そのことからも大槻文彦の行なった作業の凄さが分かる。
ちなみに、これまで作られた国語辞典の中で最大のものは、1972年に刊行された「日本国語大辞典」。2000年に改訂第二版が刊行され、50万項目、100万用例を収録している。
私たちが一生のうちに使う言葉の数なんて、この日本国語大辞典に収録されている数に比べれば、ほんの数パーセントしかないのかもしれない。
(2006年9月11日掲載)
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