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第104回 『給食』

■ 給食の思い出

小・中学校時代の楽しい思い出のひとつである給食。毎月献立表が配られるとすぐさま目を通し、大好物の料理やデザートに一喜一憂したものである。皆さんは「給食」といえば何を思い出すだろうか?脱脂粉乳や鯨肉、カレーシチュー、コッペパン、ソフト麺、揚げパンに冷凍みかん、世代によって思い出もさまざまなことであろう。最近では、給食の味が忘れられない大人をターゲットにした、給食メニューの通信販売やワゴンでの揚げパンの移動販売なんてものもあるようだ。
また、先生の「残すなよ!」という言葉の中、嫌いなメニューを泣きながら食べたなんて苦い思い出もあるかもしれない。たとえば、脱脂粉乳が嫌いだった方にとっては、アルマイト製の容器になみなみと入れられた脱脂粉乳を、鼻をつまみながら飲んだ嫌な記憶もあるのではないだろうか。
どちらにせよ、子供たちにとって今も昔も給食は学校生活の楽しい時間のひとつに変わりはない。
さて、そんな給食だが、皆さんは給食がさまざまな時代の動きに影響され、今日に至っていることをご存知だろうか?今回は、そんな給食について調べてみた。


■ 始まりは、おにぎりと焼き魚に漬け物

日本において初めて給食が出されたのは、明治22年のこと。山形県の小学校で、家計が豊かでない児童のために昼食を提供したのが給食の始まりとされている。そのメニューは、おにぎり、焼き魚に漬け物だったらしい。
その後、給食は都市部を中心に局所的に実施されていくが、制度として本格的に始まったのは戦後、昭和22年頃になる。全国の児童約300万人に対し、アメリカなどから提供された脱脂粉乳などによる学校給食が実施された。さらに昭和25年には、アメリカ寄贈の小麦粉により、初めて完全給食(内容がパンまたは米飯等、ミルク、おかずの給食)が開始された。給食に小麦粉、つまりパンが登場したのである。
その後、給食物資の財源であったガリオア資金(アメリカの占領地域救済資金)が打ち切られたが、国庫補助によって給食は継続され、昭和29年の「学校給食法」成立により法的に実施されていくこととなる。昭和33年には給食に初めて牛乳が登場した。また、昭和39年には、東京オリンピックでの採用をきっかけに牛乳のテトラパック(三角柱のパッケージ)が登場。懐かしいと思われる方も多いのでは?そして昭和51年、米飯給食(ごはんを主食にした給食)が正式に導入され、メニューの幅も飛躍的に広がり、現在に至ることとなる。
ちなみに今では、地域によっては、郷土食やバイキング形式の給食もあるようである。
この飽食の時代、食のありがたみが薄れつつある今日においても、そんな時代の産物に今後も感謝していきたいものである。
(2006年5月29日掲載)

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