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第97回 『+、−、×、÷』

■ ルーツや語源から感じること

言葉のルーツや語源を調べていると、その言葉に込められた思いや情景まで浮かんできて、その美しさに改めて感動を覚えたりすることがある。
例えば「さようなら」。もちろん別れの挨拶である。この使い慣れた言葉も、「左様ならば これでお別れしましょう」という別れ際の言葉が縮まって「さようなら」となったという語源を知ると、なんだか夕方の道端、静かな別れの風景まで浮かんでくるようで、言葉の使い方まで変わってしまいそうな気がする。
数字の世界においても、もちろんルーツはある。例えば、「+、−、×、÷」といった数学記号にも当然ルーツが存在する。今回は、そんな数学記号について調べてみた。


■ 「+、−、×、÷」のルーツ

まず「+」と「−」。計算のなかでもっとも基本となる人類共通の記号である。いったい誰がこの偉大な記号を最初に使ったのだろう?
答えはなんと「船乗り」。「+」と「−」は船に乗せられた水樽から生まれたのだ。
船の航海において命の次に大切だったものは水である。限られた水で目的地に行くためには厳しい水の管理が必要であり、1日に使った水の分量を毎日注意深く記録していた。
この時使った方法は、樽の内側に毎日の使用量を「−」の線で記録することであった。そして減っていった樽に水が加えられたときは、それまでの「−」は縦線で消されて「+」とされた。こうして船乗りの間で「+」と「−」は増える記号、減る記号として使われるようになったという。
この船乗りの使っていた「+」と「−」をはじめて数学の世界に持ち込んだのは、ドイツのヨハネス・ウィッドマンという人物である。1489年にボヘミヤで出版した数学書にこの記号を用いたという。ただし意味は「加える」「引く」というものではなく、「多い(0よりプラス)」「少ない(0よりマイナス)」というものだったらしい。

次に「×」。この記号は習慣の中ではなく、ひとりの人物の手によって生まれた。
「+」「−」から遅れること約80年。1574年、イギリスのオートレッドという数学者が生み出した。当時すでに、掛けるという定義は存在していたものの、その表現方法は非常に面倒なものであり、3×3ならば「3multiplied by3」と書かれていた。いちいち書いていたら計算そのものがわからなくなってしまうような面倒なものであった。
「これを何とか簡略化したい」こんな思いを募らせる彼の前に、簡潔で意味深い偉大な形が存在した。それは十字架。彼は十字架に啓示を受け、「×」を「掛ける」と表す記号として使ったという。

最後に「÷」。この記号が出現したのは「×」より遅れることさらに80年ほど経った1659年のこと。発明者はスイスのヨハン・ハインリッヒ・ラーンという人物である。これは後に英国で出版されたジョン・ベルク数学書によって広く世の中に用いられるようになったが、割り算を分数の形で表したもので、横棒の上の「・」は分子、下の「・」は分母を表現し簡略化したものである。

私たちが数字について考えるために欠かすことのできない基本中の基本、「+」「−」が生まれたのがわずか500年ちょっと前、日本でいえば室町時代。そろそろ大きなお城などが作られるようになった頃である。まだまだ「+」「−」「×」「÷」なんて記号が日本に伝わってくる以前に、いったいどうやってあんな巨大な建造物を一寸の狂いもなく作り上げたのだろう。さらに興味は拡がるばかりである。
(2006年2月13日掲載)

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