





第87回 『氷菓子とアイスクリーム』
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■ 歴史に関わるすごい人たち
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氷菓子やアイスクリームの歴史といっても、まだ100年も経っていないのではないか?人が電気の力でモノを冷やすことができるようになったのは昭和になってからの話。自然の寒さを利用して作ったとも考えられなくはないが、モノが自然に凍るほどの環境で食べる人がいたとも思えない。
そんな思いを抱きつつ調べてみると、予想に反し、実はかなりの歴史があったのだ。その歴史に関わった人物を挙げてみると、かの皇帝ジュリアス・シーザー、暴君として知られる皇帝ネロ、そして大帝国を樹立したアレキサンダー大王。そうそうたる顔ぶれである。
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■ 英雄が好んだ氷菓子
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アイスクリームの祖先といえる氷菓子は、古代ギリシャやローマにおいて、王侯貴族やごく一部の裕福な人たちの嗜好品として愛されていた。原料は自然の氷や雪。最初は食品を保存するためだけに使われていたものを、冬のうちに溶けないよう貯蔵しておき、夏に食べるようになった。ローマの英雄ジュリアス・シーザー(紀元前100年〜紀元前44年)も食べていたという話である。
また、ローマの暴君ネロ(西暦37年〜西暦68年)は、奴隷にアルプスから運ばせた万年雪に、花の香りをつけた水や果汁、蜂蜜、樹液などをブレンドしたものを楽しんだ。当時のローマ市民の間にも広がったこの飲み物は「ドルチェ・ビータ」(イタリア語で「甘い生活」)と呼ばれ、現在も売られている。
シーザーよりさらに前、大帝国を樹立したアレキサンダー大王(紀元前356年〜紀元前323年)にも同様の記録が残されている。山から奴隷たちに氷雪を運ばせ、果汁や糖蜜を加えた飲み物を戦場の兵士たちに与え、また自身もミルク、蜂蜜、ワインなどに氷を加えた飲み物を好んだという。
これ以外にも、「マルコポーロが東方からイタリアへ伝えた」「フビライ汗の好物だった」など、真偽のほどは不明だが、氷菓子をめぐる歴史上の人物の話はたくさんある。
日本では大正9年、東京の深川にあった富士という会社でアイスクリームの工業生産がスタートし、次いで大正10年には極東練乳(明治乳業の前身)という会社の三島工場が生産を始めている。しかし、この頃のアイスクリーム(アイスクリンと呼ばれていた)の値段は今の価格にしてなんと約1万円、超富裕層だけしか口にできないものだった。昭和30年代に入り、現在もおなじみの「バニラブルー」「名糖ホームランバー(当りつき!)」「ジャイアントコーン」などが次々に発売され、庶民もやっと気軽にアイスクリームを楽しめるようになったのだ。
現在、日本でのアイスクリームおよび氷菓子の販売金額は3,541億円。超高級品だったアイスクリームが子どもから大人まで楽しめる人気の食品へと、よくぞここまで大衆化したものである。
(2005年10月11日掲載)
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