





第86回 『カラオケ』
|

■ アジアの夜を変えた男
|
「今世紀、アジアにもっとも影響のあった人物20人」。
1999年、雑誌Timesで組まれたこの特集に、一人の日本人が選ばれている。
井上大佑氏。カラオケを世界で最初に考案し、「毛沢東やガンジーがアジアの昼を変えたならば、井上はアジアの夜を変えた男だ」と評された人物である。
いまや昼夜を問わず、人々に親しまれているカラオケ。歌の演奏部分だけを抜き出すというシンプルな発想が、どのようにして一大産業となっていったのか。そんな、カラオケについて調べてみた。
|

■ カラオケのはじまり
|
1971年、史上初のカラオケは「8ジューク」という名称で、前出の井上大佑氏により神戸の地で発明された。井上氏の当時の職業はバンドマン。きっかけは、歌好きの馴染み客から「社員旅行で歌いたいので、伴奏だけを入れたテープを作ってくれないか」という依頼だった。
ここで井上氏に一つの天啓が働いた。「これって他にも使いたい人がたくさんいるんじゃないか?」
バンドの伴奏で歌いたい客は多いが、バンドを入れられる店は限られている。このテープがあればバンドが入らないような店でも、自由に歌えるではないか。このように考えた彼は、アメ車に備えつけられていた「8トラックカーステレオ」をヒントに、自分の手で8トラックの演奏部分だけが入ったテープ(のちのカラオケテープ)を作り、コインボックス式の再生装置に入れて、スナックなどに置くことにした。この弁当箱のような大きなカセット、40才くらいから上の方なら記憶にあるのではないだろうか。
当時の料金は時間制で、5分間100円。井上氏のカラオケは1曲3分で、かならず2曲目の途中で時間切れになるように作られていた。やっと調子が出てきたところで演奏を止められた客は「続きを歌うぞー!」とさらに100円を投入していったのだ。
今もカラオケボックスなどは時間制。単位となる時間が伸びただけで、井上氏の発想は現在も生きているといえるのかも知れない。
こうしてカラオケが世に出てから30年あまり。今やカラオケボックスをはじめ、酒場、ホテルや旅館、結婚式場、観光バスなど、あらゆる場所に進出し、その市場は7,000億円とも8,000億円とも言われている。
ちなみに、カラオケボックス発祥の地は岡山県。カラオケ誕生から14年後の1985年のことである。
それにしてもなぜ岡山なのか?実は岡山県人は性格がいたって内気であり、「カラオケで歌いたいが人前ではちょっと」、そんな気持ちにものづくりが盛んな風土も手伝って、船舶用コンテナを改造した史上初のカラオケボックスが岡山の地に登場することになったといわれている。ちょっとおもしろい話である。
(2005年9月26日掲載)
|

|







|