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第81回 『左側通行と侍』

■ 左側通行の日本

日本での交通ルールである「車の左側通行」。これは法律であり、守ることを義務付けられているのはご存知の通りである。ではなぜ、日本は左側通行なのであろうか?考えてみれば、特に左側でなければいけない理由はない。(事実、アメリカをはじめ、イギリスなど一部を除く多くの国々は右側通行である)
さっそく調べてみると、日本が左側通行になった理由について、非常に面白い説があった。


■ 侍は左側通行?

日本が左側通行になった理由に「サムライ起源説」というものがある。
まだ車もない時代、侍たちは決まって道の左側を歩いており、この習慣が馬車や車の時代でも残ったというものだ。
侍が左側を歩いたのには理由がある。それは、刀を左腰に差していたためである。右側を歩いていると、向かってくる敵に対してとっさに刀を抜くことが難しい。また、すれ違う侍同士の刀の「さや」が触れ合いトラブルが起きやすい。そのため侍は左側を歩くことを常としたというのだ。
これが本当だとすると、きっと当時の町並みは左側通行の人を相手にすることを前提にして、店の入り易さ、目立ち易さなどを考えていたはずだ。
そうであれば、後に車が登場した時、侍の習慣を受け継いで左側通行とした方がなにかと都合がよかったのではないだろうか。

これに対して、アメリカが右側通行になったのには馬車の存在が大きかったらしい。
広大なアメリカでは、馬車も遠距離に耐えうる多頭立てが主役であり、これを扱う御者には鞭が必需品だった。御者は鞭を使う右手が中心に来るように馬車の左側に座ったため、自然と右側通行がルールとなった。
では、イギリスの場合はどうだろう。
まず馬車の出現前に、日本同様、剣を左の腰に携えた騎士が存在した。これも攻撃と防御の都合上、左側通行を常とした。騎士が馬上で戦う際に、心臓を槍から守るために左側通行になったという説もある。また、馬車を使う上での事情の違いもあったようだ。イギリスの馬車は、どちらかというと街中でタクシーのように使われることが多かった。馬車は客席を前に設け、御者は後ろから長い鞭で客席の前の馬を操っていた。しかし狭い道路では歩行者に鞭が当ってしまう危険があり、これを防ぐため左側通行になったというのである。

ちなみに、「人は右側通行」というルールも道路交通法でしっかり定められている。左側通行の車が歩行者の近くを走る際の、歩行者の安全を考慮しての法律だが、ご存知だっただろうか。今まで守っていなかった方はご注意を!
(2005年7月25日掲載)

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