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このコーナーでは、日立製作所の研究所等で研究・開発を行っている技術テーマを中心としたコラムをお届けします。 研究員にインタビューを行い、技術テーマ解説・開発過程におけるエピソードなどを交えてわかり易くご案内いたします。
化学プロセスの革新を実現する日立のマイクロリアクタ
■ 流体MEMS技術を活かしたマイクロリアクタを開発

− マイクロリアクタとはどのような技術なのか、簡単に教えてください。
富樫: 医薬品やその中間体などの化学品を作る過程では、まず複数の液体を試験管やフラスコ内で混合・反応させる実験が行われます。この化学反応を非常に小さな空間内で行える装置がマイクロリアクタです。液体を流し、合成させるための流路幅は髪の毛よりも細いため、ガラス容器の中で液体をかくはんする従来方式に比べ、すべての寸法がけた違いに小さくなります。これにより、液体をすばやく均質に混合できるだけでなく、温度や反応時間の精密な制御も可能となり、少ない原料で廃棄物も減らしながら高効率・低コストに反応実験が行えるようになるのです(図1)。
図1 マイクロリアクタによる反応収率の向上
図1 マイクロリアクタによる反応収率の向上
− さまざまな実験が高効率に行えれば、開発期間の短縮や品質向上にもつながりますね。
富樫: そうですね。もう1つ、マイクロリアクタは実験レベルの化学反応を工業的な生産プラントに移行する際にも大きなメリットがあります。従来はフラスコレベルでの化学反応がうまくいき、それを大量生産しようとすると、まずある程度の製造能力を持つパイロットプラントを作って生産効率や品質レベルを確かめ、さらに長い時間をかけて段階的に機器サイズを拡大しながら製造能力を高めていく方法をとります(図2)。
 しかし、すべてのパラメータを同じ条件でスケールアップしていくのは大変な作業で、多くの場合は経験や勘に頼った調整を行わざるを得ません。このため規模を増大させるにつれ、生産効率や品質が低下していくケースが少なくなかったのです。
図2 従来とマイクロリアクタの場合との量産比較
図2 従来とマイクロリアクタの場合との量産比較
※クリックして拡大図をご覧下さい
 これに対しマイクロリアクタは、流路に連続的に原料を入れていけば、さまざまなパラメータを精密に制御しながら高速混合が行えるほか、リアクタチップと呼ばれる混合・反応空間を並列的に増やす「ナンバリングアップ」と呼ばれる手法により、品質を維持しながら製造能力を容易に増大させることができるのです。
宮本: ただし従来のマイクロリアクタは、流路幅が非常に狭く、液体の種類別に形状が決まっていたため、処理量が小さいうえ、混合対象となる液体や、反応時間の異なる液体への対応が難しいという課題がありました。そこでわれわれは、機械研究所が得意とするMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)やマイクロ流体研究で培った技術を化学反応の世界へと展開し、独自の流体MEMS技術を活かしたマイクロリアクタを開発したのです。

■ 生産量を増大できる実験プラントの開発にも成功

− 日立のマイクロリアクタは、どのような特長を持っているのですか。
宮本: 基本型となるのが、グループ会社である日立プラントテクノロジーとの共同開発により2007年2月に発売された「マイクロプロセスサーバー MPSシリーズ」です。この装置は、各種液体の混合・反応に加え、水と油分を細かく分散させる乳化、濃縮などにも対応できる汎用性を備えており、化学品や化粧品といったファインケミカル、食品関連の実験を容易に実現できます。用途や液体の性質に合わせ、流路構造や材質の異なるリアクタチップを交換しながら、多様な生産実験ニーズに対応できるのも大きな特長です。
 きめ細かな流体制御を自動化できるだけでなく、接続したPC上からGUIで反応経路やプロセスの設定が行えるため、実験スキルの有無にかかわらず、どなたが操作してもボタン1つで同じ結果が得られます。さらに処理量を従来機種の数百倍におよぶ毎分30ミリリットルまで増大できるので、少量多品種向けの生産装置としてもお使いいただけます。
− 実験から生産まで、オールインワンで実現できる装置というわけですね。
富樫: ええ。さらに短期間に生産量を増大できる実験プラントの開発にも成功しました。これは一定温度に保たれた水槽内にマイクロリアクタを並列に設置する「反応制御系」と、連続して液体を送るポンプなどの「送液制御系」で構成された装置で、コンピュータのブレードサーバのように、マイクロリアクタを最大20個搭載でき、年間最大72トンの薬液を合成することが可能になります(図3)。
図3 マイクロリアクタのナンバリングアッププラント
図3 マイクロリアクタのナンバリングアッププラント
− すごい量ですね。ちょっとした製造工場レベルと考えていいのでしょうか。
宮本: 決して大工場とまではいきませんが、医薬品の原料となる非常に高価な薬品の合成や、特殊な化学物質を作るための中間体などの生産ニーズの大半は満たせるレベルだと考えています。それをパイロットプラントなしに、高い生産効率で品質を保証しながら量産できる強みは、今までにないアドバンテージではないでしょうか。

■ 電子レンジの技術を活かしたハイブリッド型も開発

富樫: 従来、混合してもすぐに反応が起きない物質には、マイクロリアクタの効果が期待できないという指摘がありました。しかしこれに対してもわれわれは、電子レンジの開発で培った電磁波シミュレーション技術を適用して、反応時間の遅い薬液反応を大幅に速める「連続処理型マイクロ波化学反応装置」の開発に成功しました。
− 電子レンジの技術を使ったのですか?
松澤: そうです。これまでも研究者の方々は、改造した電子レンジにフラスコなどを入れ、マイクロ波で薬液の反応を速める工夫をされていました。しかしこの方法は加熱効率が悪いうえ、一度容器を取り出すため連続した薬液合成には使えません。その点、機械研究所は日立の家電製品の責任研究所として、電子レンジのどこに食品をおき、どう回転させれば加熱効率が高まるかというノウハウが豊富に蓄積されているんですね(笑)。それを適用して私は、マイクロ波を伝送する金属製の導波管と、そこを垂直に貫通するチューブを組み合わせ、薬液を連続的に流しながら効率よくマイクロ波を照射する仕組みを考えました。
富樫: マイクロリアクタによる高速混合と、マイクロ波による急速加熱のハイブリッド化により、今まで以上に幅広い液体で、高速・高効率の化学反応が行えるようになったわけです(図4)。
図4 マイクロリアクタ+マイクロ波による高速・高効率化
図4 マイクロリアクタ+マイクロ波による高速・高効率化
− ウィークポイントをクリアした新世代のマイクロリアクタとして、複雑な化学実験や製品開発を、より身近な世界に引き寄せる装置となりそうですね。
宮本: ベテラン研究者が使えば、頭の中で思い描いていた実験やアイデアを短時間に実現できるツールになりますし、初心者の方が使っても流量比や温度を自由に変えながら、新しい発見が行える可能性を秘めています。先端のケミストリを手軽に実現し、本格的な生産までこなせるという意味で、非常に革新的かつ実用的なツールだと自負しています。
− 今後の展開は。
富樫: 電子デバイスの世界では、真空管からトランジスタ、LSIへと急速な集積化が進みました。これと同様、化学反応の世界でも今後はマイクロ化の波が押し寄せ、かくはん槽がマイクロリアクタに置き換わるのではないかと考えています。さらに将来的には、各種の化学反応や単位操作が1チップに集積されたマイクロマルチリアクタに進化するパラダイムシフトが起きるかもしれません。そこに向けて私たちは、リアクタチップだけでなく、装置や周辺機器そのものの小型化に取り組みながら、さまざまな生産プロセス開発の効率化と、高付加価値製品の開発に役立つ装置の提供に力を注いでいきたいと思います。
− 将来は机の上に乗る実験・製造プラントも夢ではないかもしれませんね。本日はありがとうございました。
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