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このコーナーでは、日立製作所の研究所等で研究・開発を行っている技術テーマを中心としたコラムをお届けします。 研究員にインタビューを行い、技術テーマ解説・開発過程におけるエピソードなどを交えてわかり易くご案内いたします。
組織内コミュニケーションや活動状況を地形図として可視化する「ビジネス顕微鏡」
■ まったく新しい顕微鏡のコンセプト

− 「ビジネス顕微鏡」というネーミングが非常にユニークですね。
森脇: 人間の知識の限界や行動の限界というのは、歴史的にも顕微鏡で見わけられる限界だったのではないかといわれています。つまり、見えていないものは改善のしようもないし、知識として伝承することもできない。その意味でも、今までにないまったく新しい顕微鏡のコンセプトとして、従来なら個人の感覚が頼りだった組織内コミュニケーションの実態を視覚的に観察し、把握できるツールとして、こう名付けました。
 経営学者のピーター・F・ドラッカー氏が、「21世紀のビジネスにおける最大の課題は、専門的な知識に基づいて業務を行う知識労働者の生産性向上である」と指摘したように、いま世界中の企業で、社員がもつ能力を十分に発揮させ、社員間の協創を醸成する組織を作り、運営することが求められています。そのためには、組織を構成する社員間のコミュニケーションの実態をきちんと把握する必要があるわけですが、これまで組織の実態は見えているようで見えていなかったのが実情でした。
− だから組織の状態を可視化するためのツールが必要だと考えたわけですね。
森脇: はい。実はわれわれのチームはもともとセンサネットの要素技術の研究に携わっており、その新しい使い方を模索している過程で、人とセンサの融合によって、今までにない価値ある情報がセンシングできるのではというアイデアが生まれました。それが組織内でのコミュニケーションや活動状況を可視化する「ビジネス顕微鏡」の発想へとつながっていったのです。
図1 ビジネス顕微鏡コンセプト
図1 ビジネス顕微鏡コンセプト
− ビジネス顕微鏡は、どのような技術で構成されているのでしょう。
大久保: 「名札型のセンサネット端末」と、そこから測定された社員どうしの相互影響の度合いを地形図上に表示する「組織ダイナミクス像生成技術」が主な構成要素です。私は名札型端末の開発を担当しました。この60gの端末には、赤外線センサ、3軸加速度センサ、マイクセンサの各センサと、無線通信デバイスが内蔵されています。赤外線センサについては、4か所に赤外線モジュールを配置することにより、水平・垂直方向約30度、距離2mの範囲に存在する他の社員の端末を検出します。端末の消費電力を最小限に抑えるように、各モジュールを時間をずらして駆動制御するビームスキャン技術を新開発しました。これにより、1回の充電で20時間の連続稼働を実現しています。
佐藤: マイクセンサでは装着者の声や周囲の音などの断片から、会話のリズムや場の状況などのコミュニケーションの質的な情報をとらえることができます。加速度センサは、赤外線センサで収集される対面相手のIDと対面時間だけではとらえきれない装着者の動きをセンシングします。例えばだれかと話しているとき、うなずいているとか、小走りで移動しているなどの動きがわかるのです。これにより、社員間の行動や意思疎通上のつながりの強さ、どのようにお互いに影響を及ぼし合っているか、なども解析することが可能です。
センサネット:身の周りのモノや人、環境の温度、振動、脈拍などの情報をネットワーク経由で収集することで、空調・照明の管理、食品衛生管理、災害監視、健康管理などを実現する技術。測定されたデータを利用して社会生活のさまざまな場面で新しいサービスが可能になることから、次世代の情報システムとして期待されている。

■ 社員相互の影響度合いを表現する「組織地形図」

− そういった情報はすべてリアルタイムに収集されるのですか。
森脇: そうです。すべてのセンシングデータは名札型端末から無線でサーバにアップされ、これらに信号処理を加えることで、社員どうしの相互影響の度合いや、知識労働者特有のマルチタスクの状況、組織の生成・消滅、分裂・融合の微妙な変遷などが、新たに開発した組織ダイナミクス像生成技術により可視化されます。ここでヒューマンインタラクションの観点から、「組織地形図」という新しい見せ方を考え出してくれたのが大塚です。
大塚: 天気予報が気圧配置図によって劇的に分かりやすくなったように、組織内の関係性も、すでに見慣れた地形図によって表現すれば理解しやすくなると考えました。この組織地形図の中では、複数のメンバーで構成されている組織全体が「島」の形で表現されます。活発なコミュニケーションがとられると、地形図の内側に突き出した岬が形成され、メンバー間の対面頻度に基づいて、つながりの強い人どうしが集まって山を造り、等高線で表現されます。積極的に対話している人は山頂近くに表示されるほか、緩やかに連携したグループは高く裾野の広い山として、また小さくまとまったグループは低く小さな山として見えるようになり、これらがつながり合うとグループ間の複合的な関係が山脈状に表現されるのです。その動きを一定の時間軸に沿って連続的に見ることもできます。
 もう1つの大きな特長は、1人の人間が何か所も現れる構造になっていることです。これによって、各人が複数の業務を複数のグループでこなす、いわゆる「マルチタスク」を表現することが可能になります。
図2 組織地形図
図2 組織地形図
− なるほど、従来の組織図ではわからないリアルな組織構造が、動的な変化も含めて、わかりやすく把握できるわけですね。こうした情報を活用することで、どのようなメリットが生まれてくるのでしょう。
森脇: 組織内でのコミュニケーション頻度や活動状況を明確に把握できるようになります。組織活動の痕跡が残ることで、事実に即した問題点の発掘や改善方法の提案を行うことが可能となります。実際、このツールの開発過程で生じたバグ原因を究明する際に、一連の業務プロセスの痕跡をたどった結果、各メンバーが他の業務で多忙となり、定期的な打ち合わせが行えなかった期間にバグが発生していたことがわかりました。つまりメンバー間の意思疎通がうまくいかないまま進行させてしまったのが原因だったことが明確になったのです。業務の痕跡を見ながら事実に基づいた議論を行えば、人間の記憶力の限界を克服し、さまざまな問題点が事実ベースで浮かび上がってきます。このため組織運営にともなうリスクの低減や生産性の向上などに活用できるツールになると考えています。

■ “日本発の新メソッド”として普及させていきたい

− どのような業務への適用を想定していますか。
森脇: 例えば銀行や小売業なら店舗業務の改善に、病院ではスタッフ連携による患者さんへの対応改善や業務分析、製造・設計などの分野では品質安定化や製造効率向上などに役立つでしょう。保険業なら企業内モチベーションのリスク判定、ITプロジェクトでもモチベーション把握や外部作業者との業務連携などを効果的に推進するのに有効です。
大久保: このツールは縦のラインでの組織管理を目的としているのではなく、組織や個人の自己成長をうながすためのツールだと私たちは考えています。今日の行動を客観的に振り返り、明日はもっと話し合う時間を増やしてみようとか、最近“暗い会議”が続くけど、どうすれば皆が活発に意見を出し合える雰囲気が作れるのか検証してみようといったように、業務環境のさまざまな問題を解決する糸口を探し出すことができるのです。
− 今後の展開は。
大塚: 組織地形図をさらに見やすく進化させるとともに、ユーザーが名札型端末を装着していることに常に価値を見出せるよう、現在の時計表示やデータ表示に加え、より魅力的でユーザーフレンドリーな機能を付加していきたいと思います。
佐藤: 音声や加速度からは、コミュニケーションの様子や場の雰囲気、さらには、感情の度合いといった、より深い人間のインタラクションまで収集できる可能性があります。そうした情報をもとに、組織と個人の関わり方の分析などにも踏み込んでいきたいですね。
森脇: 今後は事業化に向けて、社内外での実証実験を進めていく予定ですが、このビジネス顕微鏡を、21世紀型の価値創造組織を実現する“日本発の新メソッド”として、広く世界に普及させていくことが、私たちの大きな夢です。
− 期待しています。本日はどうもありがとうございました。
本成果は、米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)のメディアラボおよび同大学スローン経営学大学院との共同研究の成果が含まれています。
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