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このコーナーでは、日立製作所の研究所等で研究・開発を行っている技術テーマを中心としたコラムをお届けします。 研究員にインタビューを行い、技術テーマ解説・開発過程におけるエピソードなどを交えてわかり易くご案内いたします。
書いた文字やはったグラフをデジタルで柔軟活用
「デジタル研究ノート」の基本技術を開発
■ 手書きのノートをデジタル化する方法とは

− 一見すると普通のノートとペンにしか見えませんね。ペンは少し太い感じがしますが…
池田: そうですね。「デジタル研究ノート」といっても、ノート自体が電子端末に変わったわけではありません。紙のノートなんです。ペンは「デジタルペン」といって、超小型カメラやプロセッサ、メモリー、バッテリーなどが内蔵され、少し太くなっています。ノートには、紙の表面に0.3mm間隔で極めて小さな点が印刷されており、これがノート上のどのページのどの位置かを特定する情報を含んでいます。その上にペンを走らせると、普通に文字を記していくのと同時に、小型カメラが点で位置情報を読み取り、後でまとめてコンピュータに登録するという仕組みです。この技術はスウェーデンのアノト社によって開発され、日立や日立マクセルなどにより以前から事業化されているものです。
− 筆跡そのものが電子化されるわけですね。
池田: 筆跡情報に加えて、だれがいつ、どのページに書いたかといった基礎データも入ります。これまでも日立は、病院や製造現場などの記録用紙に書かれた内容をテキスト変換して取り込むシステムや、卸売業の伝票処理などにデジタルペンの技術を適用してきました。それに加え、書いた内容そのものを残すことに意味を持つ新しい使い方はないだろうかと考えたのが開発のきっかけでした。
− そこで思いついたのが、研究者が使うノートだったわけですね。
池田: はい。ご存じのように現在は、特許や知的財産を保護する観点から、研究段階で生み出されたアイデアのオリジナリティや、実験データ、論文内容の正当性を証明することの重要性が高まっています。企業や大学などの研究機関では以前から、日々の研究プロセスで生み出されるデータやアイデアを、各ページが1冊にまとまったノートに研究者自身で書き留める作業が行われています。そこで、“書く”という方式自体は変えずに、内容はデジタルデータとして確実に保存し、記載内容の正当性を証明できる仕組みを作れば、将来それが特許や論文に結実した際のオリジナリティを客観的に証明できるのではないかと考えました。デジタルペンには、それらの要件を支える基本機能がすでに備わっていましたし、日立にはデジタルデータの正当性を証明する強固な電子署名技術※がありました。それがこの研究開発を支える大きな原動力となったのです。
− なるほど。では、デジタル研究ノートの使い方とメリットを具体的に教えてください。
池田: 使い方としては、特殊なドットパターンが印刷されたノートに、デジタルペンを用いて研究内容や実験結果を従来どおりに書いていくだけです。書き終えたら、自分のPCに装備されたクレードルにデジタルペンを差し込めば、自動的に電子署名が施されたデジタルデータとしてサーバ内へ保存されます。どのページのどの文字が、何時何分、だれによって書かれたかが、きちんと証明できるデータとして格納されるわけです。
図 紙のノートに筆記する方式で研究記録を電子化して安全に保存
図 紙のノートに筆記する方式で研究記録を
電子化して安全に保存
※クリックして拡大図をご覧下さい
 また、大学や研究機関では、研究員が記入した後、上長や管理者がフローや記述に間違いがないことを確認して、日付とサインを記入します。こうした手順を踏むことにより、研究の記録としているわけです。デジタル研究ノートでは、ヒステリシス署名という強固な電子署名を用いて、筆記履歴を安全に保存することができます。これによって改ざん防止の効果が期待できます。
 さらに最近は、PC上で作ったグラフや表、写真などを一度紙に印刷し、それを切り抜いてノートにはるという作業も行われています。そこでデジタル研究ノートでは、この切りばりした内容も文字と一緒にデータ化できるようにしました。

− 図形をはったノートのイメージも、そのままサーバに保存されるということですか?

池田: そうです。PC上でグラフや写真の印刷を実行すると、ドットパターンと一緒にプリントアウトされます。同時にどのドットパターンと一緒に印刷したかを含めて、グラフや写真のデータがサーバに登録されます。あとはその中から必要な部分をハサミで切り抜き、ノートにノリではり、デジタルペンで“割り印”代わりのチェックマークを付けるだけです。これで、ノートのどの部分に、どのグラフや写真がはられたかがサーバ上で一元管理されるのです。つまり、グラフや写真はイメージのみでなく、電子ファイルそのものとしても管理されています。このため、PC上のノートイメージから実際の表計算ファイルへも簡単にアクセスできるのです。これもデジタルならではの便利な特長といえますね。
図 ドットパターンと一緒にプリントアウトされたグラフや写真をはり付ける
@ ドットパターンと一緒にプリントアウトされたグラフや
写真をはり付ける
※クリックして拡大図をご覧下さい

図 デジタルペンで割り印の代わりとなるチェックマークをつける
A デジタルペンで割り印の代わりとなる
チェックマークをつける
※クリックして拡大図をご覧下さい

図 PCに装備されたクレードルにデジタルペンを差し込むと自動的に電子署名が施されたデジタルデータとしてサーバ上で一元管理される
B PCに装備されたクレードルにデジタルペンを差し込むと自動的に電子署名が施されたデジタルデータとしてサーバ上で一元管理される
※クリックして拡大図をご覧下さい

■ バックアップされる安心感と、検索・共有できる利便性

− 今日はこのシステムを中央研究所内で実際にモニター利用されている、バイオが専門の岡野定さんにお越しいただいています。いかがですか、使い心地は?
岡野定: われわれのようにライフサイエンスやバイオの分野ですと、どうしてもPCの前に座っている時間より、実験室内にこもって、データや所見をノートに書きためる使い方が多くなります。その意味でも、書いた内容が逐一デジタルペンに保存され、信頼性の高いサーバ内で管理されるという仕組みは非常にありがたいですね。例えば普通のノートなら、薬品をこぼし、インクが溶けて読めなくなったり、紙が破れてしまうおそれがあります。しかしこのシステムならサーバ内に以前の内容がバックアップされているので、研究記録の保存性と安全性が格段に向上します。
 また、私の場合は表計算ソフトやワープロソフトを使い研究データや写真を保管して、それをノート内の記述や番号などと連携させて管理していましたが、その数が膨大になると、ノートの記述に対応したファイルがPC内のどこにあるのか本当にわからなくなる場合があるんですね(笑)。しかしこのシステムなら、保存されたノートデータをPC上で開けば、はられたグラフのイメージをクリックするだけで実データへと飛んでくれます。さらに、記載した日時を検索キーに、複数ノートの研究記録を瞬時にサーチできる。過去の内容を調べるのにも、非常に便利になりました。
− 瞬時に検索できるというのは、確かにデジタルならではのメリットですね。
池田: データを共有できるのも、今までのノートにはない大きな特長です。実験は通常、1人ではなくチームで行います。その場合、自分の担当実験が終わったら、その結果や実験条件を記したノートを、引き継ぐ人に見せて説明するなどの作業が発生します。その場合、このシステムならネットワーク経由でノートの中身を互いのPC上で共有できるため、研究者がいる場所や時間の違いを意識する必要がなくなるわけです。
岡野定: バイオの実験でも、装置を組み立てる人と試薬を作る人とに分かれるため、そのすり合わせに非常に気を遣いますが、セキュリティ上、ノートのコピーはとれないので、わざわざ実物のノートを持ち寄って見せ合うなどの作業が発生します。それが離れた場所でも可能になれば、共同作業の効率がかなり良くなるのではないでしょうか。将来的には研究ノートの共有化によって、互いの疑問や課題を解決するコミュニケーション手段、コラボレーションツールとしても使えたらうれしいですね。

■ さまざまな業務にも適用できる発展性

− 今後の展開を教えてください。
池田: 現在この技術は、中央研究所内で約150人の研究者に試してもらっています。それを事業部門とも協力しながら外部の研究機関や大学などにも広げ、さまざまなフィードバックをいただきながら、より完成度を高めていくのが当面の目標です。
 またこの技術は、紙とペンによる慣れ親しんだ方式で利用できることに加え、紙に記載した内容の独自性を保証したり、承認プロセスを明確化できるという意味で、官公庁や金融機関、一般企業などでもコンプライアンスに対応したソリューションなどへの応用が期待できると考えています。
− これからの展開が楽しみですね。本日はどうもありがとうございました。
※本システムにおける電子署名技術として使われているヒステリシス署名技術は、日立、早稲田大学、横浜国立大学が共同で開発した技術です。電子化した筆跡データを登録する際、それまでの筆跡データに付与された署名データを引き継いで、署名間に連鎖構造を持たせながら新たな署名データを作り出していきます。これにより、特に長期間にわたり保存する文書の安全性が高まります。
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