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このコーナーでは、日立製作所の研究所等で研究・開発を行っている技術テーマを中心としたコラムをお届けします。 研究員にインタビューを行い、技術テーマ解説・開発過程におけるエピソードなどを交えてわかり易くご案内いたします。
光トポグラフィを用いてアルコール摂取後の脳活動の画像化に成功
■ 脳活動の長時間計測を可能とする光トポグラフィ装置

− まず光トポグラフィ装置とはどのようなものなのか、教えていただけますか。

牧: 光トポグラフィとは、1995年に日立が、脳活動の計測・画像化技術として世界で初めて開発した技術で、現在、日立メディコより医療用機器として販売しています。人体に無害な近赤外光を光ファイバから照射して、大脳皮質(脳の表面)から反射して戻ってくる光を測定することで、その様子を知るというのが基本的な仕組みです。

図1 光トポグラフィ −近赤外光を用いた高次脳機能画像化技術−
※クリックして拡大図をご覧下さい
 大脳皮質には視覚や聴覚、感覚などの機能が局在していますが、脳活動が起こると神経細胞が活性化し、糖と酸素を消費します。そして酸素を含んだ血液が局所的に増加するため、反射して返ってくる光の強度も変化します。この光を同時に多点で計測することで、光トポグラフィ装置は脳活動にともなう血液量の変化をリアルタイムに映像化することができます。
 安全で低エネルギーの近赤外光を用いた無侵襲な方法ですから、長時間計測しても人体にほとんど影響を与えません。また、頭にかぶせるキャップだけで計測できるため、被験者は計測中も自由な姿勢でいられます。脳活動を測定・画像化する他の装置、例えば「PET(陽電子放射断層撮影装置)」や「fMRI(機能的磁気共鳴断層撮影装置)」などと比べると、被験者の身体を固定しなくてもよく、音も出ないことなどから、長時間の計測時にストレスを与えない点が大きな特長といえるでしょう。
− 現在、光トポグラフィ装置はどのような分野で活躍しているのですか。
牧: これまで困難だった、てんかん発作の発生部位を容易に特定できることから、測定だけでなく外科治療の分野でも活躍しています。また、子供に優しい計測技術であることから、生後間もない新生児でも脳の言語野で言語音を聞き分けていることを世界で初めて明らかにしました。現在は、新生児の脳機能計測、脳障害の早期発見、脳こうそくなどの後遺症の回復状況の確認、さらには精神科の診断などへの応用も進んでいます。

■ アルコールが脳機能に与える影響をビジュアルに計測

− 今回の研究テーマである「飲酒が脳機能に与える影響」は、どのような観点から行われたものなのでしょうか。
牧: 長らく生活習慣病の研究をされていた大阪大学の森本先生は、ライフスタイルの1つである飲酒が、アルコール依存症や肝臓疾患などの発症リスク、あるいは認知行動の変化とどう関わっているのかを、脳機能の面から解明したいと考えていらっしゃいました。また、飲酒運転による交通事故が深刻な社会問題となっていることから、飲酒による脳機能への影響を知ることや、薬物の一種としてのアルコールが脳機能へ与える影響を客観的に評価することも、それぞれ重要な課題であると考えられていました。これまで、こうした研究ではfMRI・PET・MEG(脳磁図計測装置)という、大型で拘束性の高い装置を用いていたため、飲酒後の長時間にわたる変化を検討するのはかなり難しかったわけです。しかし光トポグラフィ装置なら、容易にこれらの長時間計測が可能となるため、今回は大阪大学と日立との共同研究という形で、飲酒が脳機能に与える影響の研究に取り組むことになったのです。
− 具体的な実験内容を教えてください。
牧: われわれが今回、最も重要なテーマとして考えていたのが、遺伝子と脳との関係です。アルコールというのはアルコール脱水素酵素によってアセトアルデヒドという代謝物に分解され、その後、アルデヒド脱水素酵素(ALDH2)によって酢酸に分解されます。しかしこのALDH2の働きは、私たち東洋人だけが遺伝子の違いによって「活性型(56%)/お酒に強いタイプ」「低活性型(40%)/お酒に弱いタイプ」「不活性型(4%)/全く飲めないタイプ」の3つに分かれているんですね。ちなみに西洋人はほとんどが活性型で、お酒に強い人々が非常に多いのです。
 一方、東洋人の半数近くを占める低活性型と不活性型の人々は、アセトアルデヒドが体内に蓄積するため、顔が赤くなったり、吐き気がしたり、二日酔いが起こったりします。つまり、アルコール代謝に関わる遺伝子の違いによって、疾患リスクや行動への影響が異なってくる。そこで、飲酒した際に生じるアセトアルデヒドが、ALDH2遺伝子型の違いによってどう変化するかを、今回の評価・検証における大きな目標ととらえました。
 具体的には、活性型6名、低活性型4名の被験者に、体重1kgあたり0.4mlの水割りウイスキーを摂取してもらいました。これは体重60kgの場合、ビール480mlに相当する飲酒量です。そして摂取20分前、摂取直後、20分後、40分後、60分後の各時間帯に約10分間の視覚刺激を与え、光トポグラフィ装置で脳の視覚機能に関わる部位の脳血液量の変化を計測したわけです。
− 結果はどうでしたか。

牧: 脳活動信号の最大値の変化については、活性型が飲酒前後でほとんど変化がないのに対し、低活性型では時間経過とともに脳活動信号値が大きくなることがわかりました。これまでの採血による研究でも、血中アセトアルデヒド濃度は、飲酒60分後にピークとなることが分かっています。今回の最大値の時間変化も、同じく血中アセトアルデヒド濃度の影響を反映しているものと考えられます。

図2 飲酒後の脳活動画像 −脳活動信号の最大値までの時間−
※クリックして拡大図をご覧下さい
 一方、脳活動信号が最大を示すまでの時間変化についてですが、ここでは活性型が飲酒前後でほとんど変化がないのに対し、低活性型では飲酒後20分経過したときに信号が最大値になるまでの時間が最も短くなることがわかりました。つまり低活性型では飲酒20分後に、脳活動あるいは脳血管の特性が変化するということです。

■ 視覚刺激に対する脳血流量の変化に違い

− 低活性型の遺伝子を持つ人々の方が、飲酒によって脳機能や生体に、より強く影響を受けているということですね。
牧: ええ。アルコールによる脳機能への影響はALDH2遺伝子によって異なるとともに、視覚刺激に対する脳血液量の増加が、アルコール摂取後の時間経過にともなって異なることが世界で初めて明らかになりました。また、薬物や体内で生成された代謝物などが脳機能に与える影響を、光トポグラフィ装置なら、無侵襲かつビジュアルにとらえられることを改めて実証したことにもなります。
− 今後の展開は。
牧: ライフスタイルやアルコール疾患リスクとの関連、あるいは認知機能や行動の変化との関連を検討していく一方で、薬が脳機能へ与える影響を、遺伝子型やその他の生体指標と合わせて評価していく「薬効評価」への応用、個人の体質に合わせた「創薬」などにも応用していきたいと考えています。
 また、光トポグラフィ装置の特長を生かすという意味では、小さな子どもの脳機能障害の早期発見や、療育方法への適用、脳の発達過程に即した育成方法の開発など、臨床と連携したさまざまな応用面での開発にも力を注いでいきたいですね。そして将来的には、操作者の五感情報を積極的に利用したマンマシンインタフェースやヒューマンインタフェイスの開発などにも、この技術を適用できるのではないかと考えています。
− これからの新たな展開に期待しています。本日はどうもありがとうございました。
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